Baker Street Bakery > パン焼き日誌

ある翻訳家・翻訳研究者のサービス残業的な場末のブログ。更新放置気味。実際にパンは焼いてません、あしからず。

クトゥルー神話もの海外絵本+おまけ

世にはご自分のお子さんに何とかして幼少よりクトゥルー神話技能を叩き込み、英才教育を施そうと妄想される方がおそらく2の平方根くらいはいらっしゃるのではないかと愚考致しますが、実はそんな方にお勧めのクトゥルー絵本が海外で数種類出ております。数種類ということはやはり好き者向けで出来も悪くて需要がないんだななんて早合点してはいけませんよ。いずれも非常に頭がおかしくて素晴らしい作品ばかりです。てなわけで、わたくしがおそるおそる実見致しましたクトゥルー絵本をここに参考までにご紹介する次第。

Baby's First Mythos

Baby's First Mythos

Baby's First Mythos

これは幼児用絵本の体裁を採った何かです。内容としては、いわゆる教育用ボードブックのパロディで、ABC絵本+数字絵本+童謡がひとつになっております。ただし、普通のABC絵本だとAはアーチ(arch)、とかになるんですが、そこはそれクトゥルー神話ですから、もちろん「Aはアザトース」になるわけで、

Aはアザトース(Azathoth)
宇宙の中心に棲まい
我らの立ち入れぬ
処より我々を夢見たり

みたいな文章と、デフォルメではなく割とキモい感じの挿絵が並べてあって、これが延々クトゥルーネタのままZまで続きます。まだBがビヤーキー、Cがクトゥルー、Dはダゴンあたりはベタでいいんですが、GがゴルゴロスとかQがキーザとかだんだんと(以下略)。数字を覚えるくだりでも、0の文章なんかは "0 is the sum of ALL HOPE" となかなか洒落ております。全ページ白黒画ですが、ながめているだけでも楽しい絵本。クトゥルー好きのおっさんヘンダーリン(本文)、その娘エリカ(画)の合作となっております。序文はロバート・プライス

Where's My Shoggoth?

Where's My Shoggoth?

Where's My Shoggoth?

ゲーム『リトルビッグプラネット』のスタッフであるイアン・トマスが本文を手がけた今年の新刊クトゥルー絵本。"Where's My〜?" というのは絵本の定番タイトルで、だいたいの場合なくしたものを探しに行くストーリーになるのですが、この絵本ではその対象が「ショゴス」。飼ってるショゴスに餌をあげに行ったら逃げてたので主人公の少年は暗闇のなか探しに出るわけですが、行く先々で別の神話生物などに出くわして、そのたび「こいつ何? ぼくのショゴス?」とフリを入れてからあれこれ目の前の生物の特徴を挙げていき、「やっぱ違う、こいつはぼくのショゴスじゃない! ぼくのショゴスどこ?」という感じでどんどん続いていく、たいへん教育的配慮に満ちた絵本です。序盤に出会うのは、ダゴンとかミ=ゴとかニャル様とかで、まだ出くわしても大丈夫な感があるやつなのですが、だんだんとショゴス以上にやばいやつも出てきたりなんかして、不敵な笑みを浮かべつつひたすらに神話生物をスルーしてショゴスを追い求める少年の精神力の強さに脱帽してしまいます。画はかなりグロめで、ページをめくるたび「びくっ」とするのですが、ヨグ=ソトースあたりのシャボン玉舞う幻想感は秀逸で、怖いながらも全編どこか子ども時代の不思議なものに対するキラキラに彩られています。あと主人公についてきて毎回神話生物に囚われる黒猫ちゃんがヒロインかわいい。

あとオマケで見返しにクトゥルー神話すごろくがついています。たとえば「アザトースを見た! サイコロを振って奇数なら発狂。1回休み」とか「ミ=ゴに脳を盗まれた。サイコロを振ってその数だけ戻れ」などといったコマがありまして。誰かこれ遊んでみませんかね。

Mini Mythosシリーズ

Mini Mythos というのは、アメリカの有名な絵本たちをパロディ化したケネス・ハイトによるクトゥルー神話絵本シリーズです。これまでわたくしの知る限り3冊が出ているのですが、最初のやつは日本のクトゥルー界隈でもそこそこ話題になったので、みなさんご存じかもしれませんね。あとの2冊はそもそも元ネタがややマイナーなので話題にしづらかったのか、あんまり取り上げられてませんが。

Where the Deep Ones Are

Where the Deep Ones Are (Mini Mythos)

Where the Deep Ones Are (Mini Mythos)

「深きものどものいるところ」、もちろん元ネタはモーリス・センダックの名作絵本『かいじゅうたちのいるところ』。原作の淡い色合いとはうってかわって、どぎついパステル調グロ風味の絵柄で、序盤は割合元ネタに忠実に進んでいきます。つまり、かぶりものした少年がおうちで暴れて部屋に閉じ込められたあと部屋が変化して船に乗って云々、というところはお話も構図もだいたい同じで。ただしインスマスに行き着いたあたりからかなり自由な展開を見せて、最終的にはクトゥルー神話的ハッピーエンド(バッドエンド?)を迎えます。
かいじゅうたちのいるところ

かいじゅうたちのいるところ

The Antarctic Express

The Antarctic Express (Mini Mythos)

The Antarctic Express (Mini Mythos)

「急行「南極号」」、こちらの元ネタはC・V・オールズバーグの『急行「北極号」』、日本では知名度が低いですが『ポーラー・エクスプレス』として映画化もされたアメリカのコルデコット賞受賞の絵本。原作は幻想的でノスタルジックな落ち着いた雰囲気のなか、クリスマスイヴに少年が汽車に乗ってサンタたちのいる南極の街へ行く、その繊細な情景が評価されているのですが、このパロディでは汽車は飛行機に変わり、北極とは反対の南極に向かうことになります。ここでクトゥルー神話好きのみなさまはイヤな予感をされることでしょうが、もちろん突っ込んでいくのは予想通り狂気山脈、巨石都市に入って、会おうとするのはサンタではなく古きものども。このあとは言わずもがななわけですが、原作では結末で「自分にしか聞こえない不思議な鈴の音」がしんみりした余韻で語られる一方、こちらでは恐怖のテケリ=リの幻聴……。元ネタの邦訳はなんと村上春樹で、出てくる人物がみんな春樹調にしゃべるのである意味面白いのですが、その雰囲気のままこのパロディを読んでみると、幻の春樹訳ラヴクラフトが浮かんでくるようで非常に楽しいです。
急行「北極号」

急行「北極号」

Cliffourd the Big Red God

Cliffourd the Big Red God
作者:Kenneth Hite, Andy Hopp
出版社/メーカー:Atlas Games
発売日:2011/7/1

「おおきいあかい神クリフォオド」、こいつの元ネタはノーマン・ブリッドウェル『おおきいあかいクリフォード』。これも日本では大して知られていないのですが、アメリカではベストセラーのシリーズ絵本で、テレビアニメも評判だったとか。原作は、明らかにでかすぎる(家屋よりもでかい)赤犬をペットにしている少女のたあいのないユーモア絵本なんですが、この本、読んだ人にはわかる「そこはかとない狂気」があるんですよね。たぶんそこに注目されてパロディにされているんだと思うのですが、主人公の性別を変えて、なんとウィルバー・ウェイトリー&そのグロいでかいペットとして翻案されます。今回は元ネタの文章が結構そのまま残されつつウェイトリーの話になっているので、ちょこちょこ文章が破綻しているというか頭おかしい感じになっているはずなのですが、むしろ元ネタよりも自然さが感じられるという不思議な転倒が起こってしまっていて。まあウィルバー・ウェイトリーのお話としては間違ってなくもない感じがしますからね。(なぜかこれだけ日本のamazonからは買えません、あしからず)

おおきいあかいクリフォード

おおきいあかいクリフォード

もし誰かがこれらを訳すとなれば、それぞれの絵本の訳文パロディも込みが必須でしょうね。つまり、神宮輝夫風・村上春樹風の訳文パロディをしなければならないわけで……(翻訳者はマゾい人が多いのでたぶん喜んでやるでしょう)

おまけ

ここからはおまけで、ちょっとこわめグロめの絵本のご紹介。

The Adventures of the Princess and Mr. Whiffle

The Adventures of the Princess and Mr. Whiffle: The Thing Beneath the Bed

The Adventures of the Princess and Mr. Whiffle: The Thing Beneath the Bed

これは、ひとりでマジパンのお城に住む少女とテディベアの物語絵本なのですが、読み終えるページを変えることで結末の変わるマルチエンディング形式を採用しています。始まりは、ドン=キホーテ的な少女による童話パロディ、つまり童話の主人公のふりをしている少女のせつないお話で、そのさみしさ・不安・よるべなさに胸がしめつけられるのですが、「ベッドの下に何かがいる」と示唆され、だんだんお話は不穏な感じになっていきます。そしてその仕組まれた趣向によってホラーやハートフルストーリーに二転三転しながらトゥルーエンディングへと向かい……というもので、読者の賛否は分かれるかもしれません。子ども向け絵本「ではない」とうたった作品なのですが、それはたぶん中身がグロこわなための言い訳で、内容的には子どもを楽しませよう(怖がらせよう)と苦心している感じ。もうすぐペーパーバック版が出るらしいのですが、作者によれば「あとがき」と「メイキング」が特典収録されるとのこと。

The Wolves in the Walls

The Wolves in the Walls

The Wolves in the Walls

こちらは人気作家ニール・ゲイマンが手がけた絵本。「壁の中のオオカミ、出てくればおしまい」という謎めいたフレーズを鍵として、コラージュやドローイングなどを活用したデザイン性の高い紙面で繰り広げられる少女の冒険譚。ストーリーとしては、壁のなかの異音に気づいた少女が家族に「なかにオオカミがいる」と訴えるのですが、母親も父親も弟も取り合ってくれず、ひとり不安がっているうちに……という感じで進んでいきます。童話的くりかえしの妙を駆使しながら、効果的な擬音があちこちに現れ、迫力とユーモアにもあふれていて、向こうではかなりのベストセラーになったらしいですね。いくつかの賞も獲っています。「おかんの手作りジャム多すぎ!」といった子どものつっこみやすいシーンなんかもあったりして。そのうち邦訳が出るんじゃないかなと思ってたのですがまだ出ません。

てな感じで、お子さんの英語教育がてらクトゥルー神話絵本・ホラー絵本などはいかがでしょうか!(笑)