Baker Street Bakery > パン焼き日誌

ある翻訳家・翻訳研究者のサービス残業的な場末のブログ。更新放置気味。実際にパンは焼いてません、あしからず。

ミュージカル版不思議の国のアリス 第一幕後半(草稿)

【つづき】

 全員が離れて踊っている。弥生ウサギと帽子屋はテーブルを片づけ、クラブの2と5と6が出てくる。そのあとハートのキングとクイーン、さらにジャック。つづいて他のカードとアリスもやってくる。――列になってぐるぐると舞台上を回るが、やがて2と5と7が舞台のわきでぺたんと倒れる。

クイーン ジャックや、こやつは誰よの。

 しかしジャックはお辞儀をするだけ。
クイーン 馬鹿者! そのな子ども、名は何と言う?
アリス あたくしの名前はアリスです、クイーンさま。(独白)ってただのトランプじゃない、恐るるに足らずよ。
クイーン (2と5と7を指さして)ではあれは何よの。
アリス そんなこと聞かないで、知ったこっちゃなくてよ。
クイーン (アリスをにらみつけ、わめきながら)こやつの首をちょん切れい! ちょん――
キング これお前、考え直さんか。まだほんの子どもだ。
クイーン これジャック、こやつらをひっくり返せ。

 2と5と7が起きあがり、すばやくみなにお辞儀をする。

クイーン やめい、目が回る。こやつらの首をちょん切れい!
アリス 首なんか切らせなくてよ。

 [そのあいだにトランプは逃げる?]

白ウサギ (アリスに)これ――よいお日柄であるな。
アリス よくてよ! あら、公爵夫人は?
白ウサギ しっ! しーっ! 御前様は死刑を言い渡されておじゃる。
アリス どうして?
白ウサギ どうしてなかなかおいたわしや。
アリス そうじゃなくて、悲しいとかじゃなくて――わけを聞いてるの。
白ウサギ クイーンさまにびんたを張ったのじゃよ。
アリス ぷっ、ぷぷっ!
白ウサギ これ、しーっ、クイーンさまがお聴きになる。
クイーン ちょん切ったかえ?
ジャック ちょん切ってございます、クイーンさま。
クイーン ものども、位置に着けい!

 キングがアリスに手を差し出す。ジャックはクイーンのおそばへ。トランプ王室の宮廷舞踏会。最後にチェシア猫の頭が木の上に現れる。

チェシア猫 (アリスに)クイーンはどうにゃい?
アリス だめ。だってめちゃくちゃ――

 そのときクイーンがアリスの後ろに来る。

アリス おしとやか。

 クイーンはにっこりと笑って通り過ぎる。

キング 誰と話しておる?
アリス おともだちのチェシア猫よ。
キング チェシア猫?
アリス ご紹介してもよくって?
キング つらがまったく気に食わん。だが望みとあらばわが手にキスをしてよいぞ。
チェシア猫 べーつにぃ。
キング 無礼なっ、そのような目でわしを見おって。

 キングはクイーンのうしろへ隠れる。

アリス どうせ猫のやることよ。
キング むぅ、やつを追い払わねば。(クイーンに)お前、あの猫を追っ払ってはくれまいか。
クイーン やつの首をちょん切れい!
キング おい、処刑人!
ジャック ここに参れ。

 処刑人がやってくる。

キング あの猫の首をちょん切れい!
処刑人 無理です。
クリーン なんと!
処刑人 切り離す身体もないのに首は切れません。そのような経験もございませんし、ただいま挑戦する気もございません。

 [処刑人の歌]

 歌が終わると同時に全員が立ち去る。ただクイーンだけ立ち止まり、アリスに言う。

クイーン そちはもうウミガメフーミには会《お》うたか?
アリス いいえ、そもそもウミガメフーミって何?
クイーン ウミガメ風味のスープの原料になるものよの。
アリス そんなの見たこともないし聞いたこともなくてよ。
クイーン グリフォンがそちに見せてくれよう。

 グリフォンがやってくる。

クイーン そこなグリフォン、この娘っ子にウミガメフーミを紹介せい。わらわは命じた処刑を見届けねばならぬ。

 クイーンは去る。

グリフォン 傑作でい!
アリス 傑作って、何が?
グリフォン あの女さ。みんなあいつの思いこみでい。誰も処刑なんてしねえのさ。おうい、ウミガメフーミ。

 ウミガメフーミがさめざめと泣きながら出てくる。

アリス 何が悲しくって?
グリフォン みんなこいつの思いこみでい――別に悲しいことなんかないくせに。おい、この若い娘さんがお前のいわれを知りたいんだとさ。
フーミ 申します。お座りくだせえ。あっしも昔はまっとうなウミガメでした。
グリフォン ひっくるぅー。
フーミ まだ小せえころは海の学舎《まなびや》に通うもんで。先生は年寄りのウミガメで、あっしらはよくスッポンと呼んどりました。
アリス どうしてそんなあだ名なの? スッポンじゃないのに。
フーミ まっさらな本は素本《すほん》というもんで。あんたほんとににぶい娘だ。
グリフォン てめえそんな当たりめえのこと聞いて恥ずかしかねえのか?
フーミ で、あっしらは海の学舎に通うとりました。あんたは信じられんかもしれねえが――
アリス 勝手に決めつけないで。
フーミ でもそのはずでさ。
グリフォン じゃかあしい!
フーミ とにかく一等の学舎でした。そのはずで、あっしら毎日行ってたんですぜ。
アリス そんなの当たり前じゃない。何の自慢にもならなくてよ。
フーミ 特別なやつは?
アリス もちろん受けてよ、フランス語に音楽。
フーミ なら洗濯は?
アリス あるわけないわ。
フーミ おお! ならあんたんとこは、ええ学舎じゃねえんで。あっしらんとこじゃ、勘定の最後にフランス語と音楽と洗濯は特別「料金」てえあったな。
アリス 別に必要ないことなくて。海の底で暮らしてるんだもの。
フーミ まあ、あっしは習うゆとりがなかったもんで、普通の科目だけでやした。
アリス 何があるの?
フーミ そりゃあ、より方にまき方から始めまして。それから算数を一通りやりまして、わたし算にひっきり算、ばけ算にわらい算。
アリス ばけ算だなんて初耳だわ。何それ。
グリフォン 化け物ってな知らねえか。美人ってのはわかるだろ。
アリス ええ、きれいな人ってことよ。
グリフォン それで化け物のことを知らねえたあ、てめえアホウよ。
アリス 他に何のお勉強したの?
フーミ へえ、からっきし、こりゃあ昔のも今のもで、それにとばっちり。あとはヨガ倒錯――ヨガの先生はアナゴのじいさんで、週に一回だけありやす。ヨガの体操をやって、わけわかんなくなりやす。
アリス それってどうやるわけ?
フーミ いや、あっしにゃあとてもとても。身体が硬くて。それにグリフォンの旦那も知りやせんし。
グリフォン 暇がねえもんでな。まあ古典の先生にはついたさ。カニのじいさんよ、そいつは。
フーミ あっしは行っとりませんが、何でも昔の笑ってん語と歯ぎしりや語を教えなさるとか。
グリフォン そうよ、そうともよ。

 二匹の妙な生き物は悲しいあまり、その前足で顔を隠す。

アリス で、一日に何時間くらいあるわけ?
フーミ 一日目は八時間、次の日は四時間と続いていくんで。
アリス まったく変だこと。
グリフォン 何だって時間割と言うだろう。一日ずつ半分に割られていくんよ。
アリス じゃあ五日目は休みってことになるのね。
フーミ その通りでごぜえやす。
アリス でもそれじゃ六日目はどうするの?
グリフォン 時間割の話あもういい。この子に歌をうたおうや。

 [スープの歌]

フーミ もしやおめえさんは海の底で暮らしたことねえな?
アリス なくてよ。
フーミ じゃあまさかエビにもお会いにゃなってねえか。
アリス 食べたことはあ[るけど]――(口をつぐんで)一回もなくてよ!
フーミ なら、あれの面白えことはご存じねえですな。エビのフォークダンスで!
アリス ええ初耳よ! それってどういうダンスなの?
グリフォン そりゃまず海辺に沿って一列になってな――
フーミ 二列でい! アザラシにウミガメにシャケにいっぺえよ。で、邪魔なクラゲどもをぜんぶのけたら――
グリフォン いつもそれに暇がかかりやがる!
フーミ 二歩前ん出て――
グリフォン てめえごとで相手にエビをだな――
フーミ そうさ、二歩出て相手につらを向けてな!
グリフォン エビを取り替え、元の列に戻る。
フーミ それから投げんだよ――
グリフォン エビを!(と、叫んで空に躍り上がる)
フーミ できるだけ海の遠くにな。
グリフォン で追っかけて飛び込む!
フーミ 海んなかでとんぼ返りよ。(とあたりを跳ね回る)
グリフォン (大声で)またエビを取っ替えるぅ?
フーミ 陸にまた戻ってそれで一回りよ。

 二匹は頭が変になったみたいにあたりを跳びはね、やがてまわ座ってアリスをじっと見つめる。

アリス まあ、それなりに素敵なダンスじゃなくって?
フーミ ちっとばかし見たかあねえですか?
アリス ええぜひ!
フーミ グリフォンの旦那、一回りやってみましょうぜ。まあエビがなくてもできましょうて。旦那が歌い手で。

 [さっさと歩けよの歌]

アリス ご苦労さま! とても愉快なダンスね。それにへんてこなマダラの歌もまあ気に入ってよ。
フーミ おお、マダラと言やあ――そりゃあ見たこたあありやすね?
アリス ええ、よく見るわ。おしょく[じで]――
フーミ まあ、オショクてな場所がどこかは知りやせんが、よく見るんですたらそりゃどんなふうか知ってやすね。
アリス たぶんね。尾っぽを口にくわえてて、全身にパン粉がまぶしてあってよ。
フーミ パン粉は何かの間違いですぜ。海んなかじゃあパン粉なんかみんな流れちめえます。でも口に尾っぽをくわえたあいるな。
グリフォン そういうわけで、マダラはエビと一緒に踊りに行くんで。で、海へ放り投げられて、で、落ちるまでに暇があって、で、口に尾っぽをくわえるて、で、二度と口から出なくなったってえことよ。
アリス ご苦労さま。とっても愉快だわ。マダラのことなんて今まで全然知らなかった。
グリフォン マダラって名前の由来は知ってるか?
アリス 考えてもみなくてよ。何なの?
グリフォン (真剣に)革靴をまだらに磨くからよ。
アリス 革靴を磨く?
グリフォン そうよ、革靴を磨いたらどうなる?――つまりきゅっきゅって磨いたらだぜ。
アリス 普通はぴかぴかの真っ黒になってよ。
グリフォン 海んなかじゃ革靴を磨きゃあ、まだらになるんよ。覚えときな。
アリス その、海の革靴ってどうなってて?
グリフォン そりゃ下は靴ジャコで、靴ハモを結ぶのさ。そんなのカレイでも知ってるぜ。(「カレイ」は「誰」のアクセントで)
アリス あたくしがマダラだったら、サメにはこう言ってやってよ。ついてこないでちょうだい、一緒にいたくないの。
フーミ 連れなきゃなんねえのです。ズサメなきゃ魚ってな、どこにも行けねえんで。
アリス まさか。
フーミ そのまさかよ。まあ、あっしのとこに魚が来て、これから旅に出るなんて言やあ――こう言うね。どこをズサメんだ?
アリス それって「目指す」じゃなくって?
フーミ てやんでえ。まあおめえさんの身の上でも聞かせてくだせえ。
アリス 今日はまったくおかしな目に遭ってよ。イモムシに「××」をうたったんだけど、歌詞が全部違っちゃうの。
フーミ そりゃ妙なこって。
グリフォン こりゃ不思議この上ねえ。
フーミ 歌詞が全部違っちまうとは。ちょいと聴きてえな。何かうたってみてくだせえ。
グリフォン ほれ立って、歌は「△△」で。

 [エビの歌]

グリフォン もうお裁きの時間でい。
アリス 何? お裁きって。
フーミ ハートのジャックのお裁きで。

 トランペットのマーチが鳴り響く。ハートのキングとクイーン、トランプの兵隊がやってくる。白ウサギも儀式用の格好で出てきて、ジャックは鎖で縛られ、兵隊に囲まれている。

キング 進行役の白ウサギよ、罪状を読み上げよ。

 白ウサギは三度トランペットを吹き、巻物を広げて読み上げる。

白ウサギ ハートのクインがタルトをつくる
       夏のさなか一日かけて
     ハートのジャックがタルトをぬすむ
       かくれてこっそり独り占め
キング 第一の証人を呼べい。
白ウサギ (トランペットを吹いて)第一の証人。

 帽子屋が入ってくる。手にはティーカップとバターつきのパン。それから弥生ウサギとヤマネも腕を組んで入ってくる。

帽子屋 失礼をば、キングさま。このようなものを持ち込み。ですが呼ばれた際はお茶会の真っ最中だったもので。
キング 済ませておくべきであるぞ。いつ始めた?
帽子屋 三月十四日です、おそらくは。
キング それを取れ、その方の帽子じゃ!
帽子屋 わがものではなく……。
キング 盗みおったか!
帽子屋 売り物で。わがものではなく、帽子屋でありますゆえ。

 クイーンは眼鏡をかけ、帽子屋を睨みつける。そのため帽子屋は落ち着かない。

キング 早う証言をせい、びくびくするでない、即刻死刑を申し渡すぞ。

 帽子屋は取り乱してパンではなくカップをひとかじりしてしまう。

クイーン 先日の音楽会の歌い手名簿を持って参れ。

 帽子屋はふるえるあまり、靴が両方脱げてしまう。

キング 証言をせい、さもなくばびくびくのいかんを問わず、死刑に処すぞ。
帽子屋 わが輩はつまらぬものです、キングさま。それにお茶を始めてより――まだ一週間もございません。パンは次第に薄くなり、お茶はてかてか――
キング てかとな? 何がだ。
帽子屋 お茶のことにございます。
キング ふむ、そりゃお茶は「てえ」とも言うわい。わしをバカにしておるのか! 続けよ。
帽子屋 わが輩はつまらぬものですが、そのあとあちこちがてかてかと――ただ弥生ウサギが申すには――
弥生ウサギ 言わない!
帽子屋 言った!
弥生ウサギ 間違いだ!
キング 間違いか、ではその部分を削除せい!
帽子屋 ではとにかくヤマネが申すには――
ヤマネ 言いません!
帽子屋 言った!
ヤマネ 違います!
帽子屋 ではそのあとわが輩はバターつきのパンをもう少しとちぎりまして。
キング 待て、ヤマネは何と言ったのだ?
帽子屋 それが思い出せず……。
キング 思い出さねば死刑にするぞ!

 帽子屋はティーカップとパンを落とし、ひざまずく。

帽子屋 わが輩はつまらぬものでございます、キングさま。
キング 確かにその方《ほう》の話はつまらん!

 ここで周りから拍手喝采が起こる。

キング 知っているのがそれだけなら、もう下がるがよい。
帽子屋 これより下へは行けません。床を突き抜けろとおっしゃる?
キング ならば尻を床につけい!
帽子屋 よろしければお茶の方を済ませても……
キング 構わん、行け――

 帽子屋は走り出ていく

クイーン 外でやつを打ち首にせい!
キング 次の証人を呼べ!

 公爵夫人のコックがコショウ瓶を持って入ってくる――その近くからひとつふたつくしゃみが聞こえる。

キング いったん時間を取った方がよかろう。さあ、みなのもの、それ!

 全員がくしゃみをする。

キング そこなもの、証言をせい。
コック まっぴらだね!
キング タルトは何でできておる?
コック だいたいコショウさ。
ヤマネ てんぷらです!
クイーン そのヤマネを引っ捕らえよ! そのヤマネの首を切るのじゃ! そのヤマネをつまみ出せ! 取り押さえよ! しょっぴけ! そのヒゲをちょん切れええ!

 コックが下がる。

キング 次の証人は?
白ウサギ (トランペットを吹いて)アリス!
キング この件について何を知っておる?
アリス なんっにも!
キング これっぽちもないか?
アリス これっぽっちもない!
キング これは一大事だ! こうなれば、その方《ほう》のお裁きを相談せねば。
クイーン いいいいいえっ! お裁きを言い渡すのが先、相談はあと。
アリス がらくたのからっぽ!
クイーン 黙らっしゃい。
アリス 黙らない!
クイーン この娘の首をちょん切れ!
アリス 誰も聞かなくってよ! お裁きはこうよ、「無罪、だけどジャックは二度とタルトを盗まないこと」。
全員 無罪! おおおおおお!

 [締めの歌:無罪です]