Baker Street Bakery > パン焼き日誌

ある翻訳家・翻訳研究者のサービス残業的な場末のブログ。更新放置気味。実際にパンは焼いてません、あしからず。

翻案について

翻案による作品というのは、今でこそ少ないですが、昔はよくありました。明治大正期の小説の少なからぬものが実は「翻案」だったというような話もありますし、昭和も中期頃までは児童文学における翻案作品はいわゆる「完訳」よりも主流でした。ところが翻訳についての誤解により悲しい事件(運動)が起こって翻案は排斥されてゆくことになるのですが、それはいつかちゃんとした場所で語ることもあるでしょうからとりあえずは横へ置いておいて、その「翻案」というのも広く見て翻訳の一種です。

定義としては、ストーリーやモチーフといった作品の「内的なもの」を変えずに、文章や表現といった作品の「外的なもの」を改変すること、といった解釈が通常でしょうか。(ただしその度合いはかなり様々だと思います。)

さて私は翻訳研究家として日夜、翻訳に関する色々のことをしているわけですが(小説や童話・脚本の翻訳、字幕翻訳・吹替翻訳等々)、ふと翻案についてはあまりやってこなかったなあ、と思いまして。ならばひとつ訓練してみようと考え、仕事や研究の合間に取り組んでいたりしていまして、今回はそんな話を。
ただいま取り組んでいるのは、次のふたつの翻案。

前者は割と作品に寄り添った形での長編化で、後者はかなり換骨奪胎してむしろ別物になった感じのものです。

脱稿したこともあって後者から話を進めますが、実はこの「カーミラ」、児童文庫系でいくつか翻案が出ています。原典はどっちかというと耽美でレズビアニズムのあるものなので、何をどうしてジュヴナイルにしたのかびっくりするのですが、すでに翻案があるということもあり、またwikipediaにも書いてあるのですが『ドラキュラ』や『ノスフェラトゥ』に比べてモチーフとされることが少ないのもあって、かなりいじくってしまおう、ということになりました。

原典にある「思春期の人間関係」や「死にまつわる問答」というモチーフを維持しつつ、女の子同士の関係のなかに、新しく男子中学生の主人公を投入して、男の子向けのジュヴナイルとして書いてみる、と。文体としてはライトノベルを意識しながらも、どっちかというと往年のコロコロコミックみたいな「ちょっとHなドタバタコメディ」な感じで。でも文体練習に近いので、どちらかというと物語としては定型に落としていて、あまり目新しいものはないかもしれません。

そういう作品なので、性的なものに嫌悪感を抱くような人にはあまりおすすめできないのですが、とはいえ思春期の子どもと文化的なエロスって切っても切り離せませんよね。そもそもその時期の子どもが文化に触れる動機の大きなひとつとして、「エロス」があるわけですから。そういったものを健全な育成のためだと十把一絡げにして遮断するよりも、子どもの「性」を肯定しなおかつ前提にした上で何を表現し何を伝えるかを考えた方がいいと思うのですが、それは私の考えすぎでしょうか。

というわけで実際の翻案なのですが、その題名は――『死ぬ死ぬカミルたん』……といいます。

……申し訳ありません。草稿の段階で読んでくれた人からは「どうしたの?」「だいじょうぶ?」などと言われました。いや、自分のキャラと違うことはわかっているのですが、でもまあ、翻訳に携わっているときというのはそういうのとはあんまり関係ないものなのです、たぶん。男子中学生的なものと真剣に向かい合った結果なのでしょう、きっと(あたふた)。

個人的には、訓練でやったものや趣味でやったものでお金を取るのは心苦しいので、この作品に関しては翻訳同様にクリエイティブコモンズで公開することにいたします(ただし本一冊分のボリュームがあります)。無料なので「金返せ」と文句をつけられることはないでしょうが、読んで「時間返せ」というクレームはありうると思いますので、次のエントリにあるあおり文(もしくは序章か第一章)で何かしら読む前の判断をしていただけるとありがたいです。

最初のところで主人公がやっている行為をタイムリーとか言わないでくださいね(笑)。そこを書いたのはずいぶん前のことですので(季節的にはちょうど今頃ですが)。その国会審議中の例の法案については次の次のエントリで。以前に書いて消したものを要約しました。