Baker Street Bakery > パン焼き日誌

ある翻訳家・翻訳研究者のサービス残業的な場末のブログ。更新放置気味。実際にパンは焼いてません、あしからず。

国立文楽劇場『天変斯止嵐后晴』

大阪の国立文楽劇場でただいま公演中の『天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)』を鑑賞してきました。原作はシェイクスピア最後の作品『テンペスト』で、その話を日本に置き換え、人形浄瑠璃で演じられているわけですので、つまり、これもまた翻案というわけですね。

シェイクスピアの原作は非常に哲学的な意味の強い作品ですが、そのままでは文楽に向かないので、文楽らしく物語を追うことを心がけました。時代物にしましたので、主人公の「物語」やヒロインの「クドキ」が必要です。そこを意識してつくりました。

http://www.ntj.jac.go.jp/topics/news090527.html

9月の東京公演に先駆けた大阪公演ですが、非常に良かったです。人形や舞台装置、音楽の素晴らしさはさることながら、個人的には予想以上に筋や台詞がシェイクスピアのままだったので驚きました(私の頭のなかに坪内逍遥訳の面影が残っていることもありますが)。リンク先のインタビューにもあるように、最後のプロスペロの言葉があるかないかでは大違いでしょうし、他にも要所の言葉を押さえてあって。原作と比べても遜色のない、上質の翻案であったと思います。

特に今回は脚本・演出の山田先生が、物語の最後に初演にはなかった阿蘇左衛門の独白を台本に新たに加えられましたが、この独白というのが、これまでの文楽にはないものなので、この物語をどのように締めくくるのか難しいところです。

特別連載Vol.4 「出演者のことば 吉田玉女さん」 | 独立行政法人 日本芸術文化振興会

また翻訳論としてはここが重要で、「これまでの文楽にはないもの」が「翻案」だからこそ可能になるという、原作で大事なところだから入れたい、そのために文楽のルールをひとつ破る、このように外からの力で内側のものに影響を与えるということが、翻訳にはよくあります。それこそ翻訳の醍醐味であり、何かを変える力でもあるのでしょう。