Baker Street Bakery > パン焼き日誌

ある翻訳家・翻訳研究者のサービス残業的な場末のブログ。更新放置気味。実際にパンは焼いてません、あしからず。

ミュージカル版不思議の国のアリス 第二幕(草稿)

◆幕間

◆第二幕「鏡を抜けて」

・第一場 鏡の間

アリス 鏡の国へすり抜けられないものかしら。そうなれば素敵、きっときれいなものもあってよ。そうよ、そんなふりをしてみれば! この鏡は頑張ればすり抜けられるの。鏡はふわふわした薄いガーゼってことにして、だから向こうにも行けてよ。あら、何だかちょっとぼんやりしてきて、えっ? これなら簡単に通り抜けられそう……

 アリス、暖炉の上にのぼって、鏡の向こうに通り抜ける
・第二場 鏡の国

 色鮮やかな花園。そこへチェスのコマがわらわらと舞台上に現れる。

 [うた:チェスのコーラス]

 ダンスの終わりに白のポーンが一体倒れ、白のクイーンが駆け寄って拾い上げようとしたが、その勢いで白のキングにぶつかってしまい、クイーンとキングも舞台上に倒れてしまう。そこへアリスがやってくる。

アリス えっ、チェスのコマが歩き回っててよ!
白のクイーン うちの大事な百合ちゃん、うちの世継ぎの子猫ちゃん!

 と、白のクイーンは起きあがろうとするができない。

白のキング (仰向けになって鼻をこすりながら)なあにが世継ぎじゃわい。

 アリスは白のクイーンをまっすぐに立たせ、ポーンも同じようにする。

白のクイーン あなた、火山に気を付けるざます!
白のキング なあにが火山じゃわい。
白のクイーン 足をすっころばせたざますよ、いつもみたく起きあがるときも、すっころばないよう、気を付けるざますよ!
アリス (白のキングを抱え上げて)そんな調子じゃ起きるのに何時間もかかってよ。

 白のキングは起きようともぞもぞしている。

アリス だから今、手を貸しててよ! よくって?

 白のキングはアリスの手で速やかに助け起こされ、ちりも払われるが、そこでキングは妙な顔をする。

アリス そ、そんな顔をしないでいただけて。そんなに面白い顔しちゃ、もう耐えらんない。やめて! 口を大きくなんて! ちりをみんな吸い込んじゃうわ! ほら、これできれいでしょ。

 白のキングはまっすぐ立ったが、歩かせた瞬間にまた仰向けにひっくり返ってしまう。

アリス あら、気絶かしら。
白のキング おまえ、こりゃひげの毛先も凍る思いじゃわい!
白のクイーン あなたにひげなんてないじゃない。
白のキング あのときの恐ろしさときたら、もう絶対、絶対に忘れられんわい!
白のクイーン でもちゃんと書き留めておかないと忘れちゃうざますよ。

 白のキングは起きあがり、メモ帳を取り出して書こうとする。そこへアリスはキングの手と鉛筆に自分の手を重ねて助けようとする。

白のキング おまえ、こりゃもっと細い鉛筆がいるわい。こいつじゃ何ともできん――思う方とは違う方に動きよる。
白のクイーン (メモ帳を取って)どれどれ、どんなふうざますか。あなた、これ、気持ちのメモになってないじゃない! (アリスに)そこの人、これを読むか歌うかしてごらんなさい。
アリス あたくし? でもこんなのちんぷんかんぷんよ。
白のクイーン (白のキングに)じゃああなた、読んでおあげんなさい!

 [うた:ジャバウォッキ]

 全員が急いで立ち去り、アリスはひとり残される。

アリス ねえお願い、ここにいて! (百合に)ねえオニユリさん、あなた、お話できればいいのに。
ユリ できりゃんす。相手するに足る者ならいくらでも!
アリス (ささやきに近い声で)じゃあ、お花ってみんなお話できて?
ユリ ぬしと同じくらいに、もっと大声でもできるぞえ。
バラ これ、わっちらから話しかけるものでない。いつ話し出しやせんかと気が気でなかったわ。まあ確かに、この者の顔はモノをわかっておる者の顔じゃが、利口そうではないのう。でも、ぬし、いい色をしておるな。なかなかのもんじゃ。
ユリ 色などどうでもよい! 花びらがもうちょい丸けりゃ文句などありんせん。
アリス こんなとこに植えられて怖くはなくって? 誰のお世話もなくってよ。
バラ 木がありんす、そのほかに何の役に立つんかえ?
アリス でも、危なくなっても木にいったい何ができて?
バラ 声出しをしんす。あれは小枝の多い木だけにの。
アリス まあうまく言ったものね。今までいろんなお庭に行ったけれど、話をするお花なんていなくてよ!
ユリ 手を下ろして土に触れてみりゃれ。そうしたらわけもわかろうて。
アリス かっちこち。でもそれがどうかしたの?
ユリ たいていの庭は床《とこ》がふかふかすぎての、花はいつも眠ってしまいんす。
アリス 思いも寄らないことね! あたくし以外に誰かこの庭に来て?
バラ もうひとり、ぬしのように動き回る花がおったえ。理屈はわかりゃせんが、ぬしよりはもじゃもじゃしておったぞえ。
アリス あたくしみたく? (独白)ということは、この庭のどこかにもうひとり女の子がいるのかしら。
バラ そういえば、ぬしみとう、けったいななりをしておったが、確かもっと赤うて花びらも小そうありんした。
ユリ あれの花びらは閉じきっておって、まるでダリアえ。ぬしのようにちょこちょこしてありんせん。
アリス その人はもうここを出て?
バラ まあ、じきに会えるかや? とげの多いやつぞえ。
アリス とげなんてどこにつけて?
バラ たわけ、頭の周りに決まっとろうが! ぬしにはありんせんし、ずっと気になっとった。ふつうはみんなおざりんす!
ユリ こっちへ来るぞえ。わかりんす、大きな大きな足音が砂利道を。

 赤のクイーンがやってくる。

赤のクイーン あんたどこから来たの、どこへ行くの。つらを上げて、ちゃんとお言い。いつまでも手をもぞもぞしてるんじゃないよ!
アリス 道がわからなくて。
赤のクイーン わからないなら教えてあげる――ここらの道はみんなあたいのものだよ――なのに、ここへ来たってのはどういう了見だい! 返事を考えてるあいだにお辞儀するんだね、時間の節約だよ!
アリス 確かに――おうちに帰ったらやってみようかしら。今度ちょっと晩ご飯に遅れたときにでも。
赤のクイーン さあ、答える時間だよ。しゃべるときは口を少し大きめにして、いつだって「女王様」とお呼び!
アリス この庭の様子を見てみたかったんです、女王様。
赤のクイーン (アリスの頭をなでて)いい子だね。でもあんたは庭と言うけど、あたいの見てきた庭に比べれば、ここなんか荒れ野原さ!
アリス で、あの丘のてっぺんに行く道を探そうと考えてて。
赤のクイーン あんたは「丘」って言うけど、あんたに本物の丘を見せたら、あんなの谷だって言うね。
アリス 絶対に言わなくてよ。丘が谷なわけないじゃない、そんなのからっぽよ!
赤のクイーン (首を振って)あんたはからっぽと言うけど、あたいの聞いてきたからっぽの言葉に比べれば、こんなの辞書に載るくらいの中身はあるね。ところでチェスで遊びやしないか?
アリス (お辞儀をして)ええ、よろしくてよ、女王様。面白ろそうね。ぜひお仲間に入れてちょうだい。入れるんならポーンになったって構いやしないわ――もっとも、いちばんなりたいのはもちろんクイーンだけど。
赤のクイーン そんなの簡単さ。あんたさえよければ白のクイーンのポーンになれる、ユリのポーンにはお子様すぎてお戯れは無理だけどね。とにかく、あんたはまず二番目のマスにいるから、そのまま八番目のマスに辿り着ければクイーンになれるよ。ついて来な! チードルダンとチードルデーに会わせてやる!

 アリスは手を取られ、一緒に走って出て行く。そこへチードルダンとチードルデーがもったいぶって現れ、傘を背にして横に並び、位置に着く。

 [うた:チードルダンとチードルデー]

 アリスがやってくる。

アリス いた! たぶんあのふたりね、えりの後ろにどっちもチードルってあるのかしら。

 ふたりは立ちつくしているので、アリスは後ろに回って、えりの後ろ側を確かめようとする。[ちなみに前側にはそれぞれ「ダン」「デー」と書いてある。]

ダン ぼくらを蝋人形と思ってるんならお金を払うべきだね、ありえない!
デー むしろ生きてると思ってるんなら話しかけるべきだね。
アリス そうね、ごめんなさい。
ダン 何を考えてるかわかってるけど、そうじゃないんだね、ありえない!
デー むしろ、もしもそうならそうかもしれない、仮にそうならそうなるだろう、だけど現にそうじゃないのでそうじゃない、これが筋ってもんさ。
アリス 今考えてるのは、この森から出るにはどの道がいちばんいいかってこと。ねえ、教えていただけて?

 ふたりは顔を見合わせ、アリスを見て、にやりとだけ笑う。

アリス (ダンを指さして)こっちの子!
ダン ありえない!
アリス そっちの子!
デー むしろある!
ダン 君が先に間違ったんだ。人を訪ねて最初にするのは「はじめまして」と握手だよ。

 ふたりは互いに握手をして、それからそれぞれアリスにあいてる手を差し出す。すると「桑の木ぐるぐる」の音楽が始まり、全員で歌いながらぐるぐる踊る。

 [おゆうぎうた:桑の木ぐるぐる]

ダン 踊りはこれくらいでお終いだ!

 ふたりは息を切らしながら突然立ち止まり、音楽もいきなりやんで、アリスの手を投げ出す。

アリス (独白)「はじめまして」なんて言えやしないわ、今さら。そんなのもう通り過ぎてるみたいだし。(声に出して)あら、もうお疲れになって?
ダン ありえない! でもお気遣いはありがとう。
デー むしろ大きなお世話だ! 何か詩でも暗唱できる?
アリス (あやしげに)たぶんできてよ!
ダン ありえない!
デー むしろ「セイウチと大工」はどうだい!
アリス あいにく知らなくってよ!
ダン だったら教えてあげる。

 書き割りが開いて海辺が現れ、そこにはセイウチと大工。

 [セイウチと大工]

 書き割りが閉まって、元の庭に戻る。

アリス セイウチの方がマシね。かわいそうなカキをそれなりにあわれんでるもの。
デー あいつは大工以上に食べてるね。ハンカチを前に広げて、いくつ食べたか大工に数えられないようにしたんだ、むしろ!
アリス あさましいことね。だったら大工の方がマシね――セイウチほど食べてはいないし。
ダン でもあいつも食べられるだけ食べたね。

 舞台上の光が弱まる。

アリス 暗くなってきてよ! ねえ、これって雨が降るの?

 ダンは大きな傘を自分と弟の上だけに広げる。

ダン 違うね、少なくともこの上には降らないね! ありえない!
アリス でもたぶんほかでは降ってよ!
デー その気になれば降るかもしれないけどぼくらの知ったこっちゃないね、むしろ。
アリス 身勝手だこと! やってらんなくてよ。

 アリスが背を向けて行こうとすると、ダンが傘の下から飛び出してアリスの手首をつかむ。

ダン (怒りながら――木の下の小さな白いガラガラを指さして)あれがわかるかい?
アリス ただのガラガラよ――ガラガラヘビじゃなくって、ほら――ただの使い古したガラガラ。古すぎて壊れてる。
ダン (怒って跳びはね、髪をかきむしるなどして)そんなことわかってるよ、もちろんがらくたさ。
アリス 何もそんなに怒らなくても。お古のガラガラじゃない。
ダン いいやお古なんかじゃないね! いいか、あれは新品なんだ! 昨日買ったばかりだ。(大声で)ぼくの素敵なおろし立てのガラガラ!

 このあいだ、デーはぶるぶると震えて、頭をなかに入れたまま傘をたたもうとしている。

ダン (デーに)勝負するしかないってことはわかってるよな!
デー (ふてぶてしく傘の外へ這い出て)まあね。ただ、この女の子に着替えを手伝ってもらわなきゃ、そうだろ?

 ふたりは反対側まで走っていって、枕と毛布と敷物とバケツを持ってくる。

ダン 君がピンを留めたりひもを結んだりするのが上手だといいんだけど。これを全部何とかして着なきゃいけない。

 ふたりはせわしなく動いて着替えをして、アリスはそれを手伝う。

アリス (独白)ほんと、支度ができる頃にはこの人たち、ぼろの塊になっててよ。
デー さあ、首をちょん切られないように枕だ!

 アリスは枕をくくりつける。

デー ほら、戦いで起こりそうなことのなかでも、そういうのがいちばん危ないだろ――首がちょん切られるなんて!
ダン (バケツをくくりつけてもらおうとアリスのところへ来て)ぼくの顔は青いかい?
アリス うーん――そうね――少し。
ダン いつもは勇ましいんだ、今日だけたまたま頭が痛くて。
デー じゃあぼくは歯が痛い。ぼくの方がもっとひどいよ!
アリス だったら今日戦うのはやめにすれば!
ダン ちょっとは戦わなきゃいけないけど、長くはやりたくないな! 今は何時だ?
デー 四時半。
ダン じゃあ六時まで戦ってそれから晩ご飯にしよう。
デー いいね、この子も見物できる、ただ近寄りすぎない方がいい、ぼくはいつもいきり立ったら見えるものは何でも叩いちゃうから。
ダン それにぼくは見えても見えなくても手当たり次第に叩いちゃうから!
アリス (吹き出して)絶対に木まで叩くに違いなくてよ。
ダン たぶん終わるときにはここいらの木で立ったまま残っているものなんてないね。
アリス ガラガラのあたりはみいんなね。
ダン あれがおろし立てでなければ気にすることもなかったのに。
アリス (独白)お化けカラスでも来ちゃえばいいのに。
ダン (弟に)剣《つるぎ》は一本しかない。(木で出来たおもちゃの剣をかざして)でも君には傘があるな。同じように尖ってるし。

 舞台が暗くなっていく。

ダン さあ、とっとと始めちゃおう。すごい勢いで暗くなる。

 ふたりはお互いに身構える。

デー どんどん暗くなる。
アリス なんて真っ黒で分厚い雲なの。何かがびゅんと飛んできてよ! あっ、翼があるわ!
ダン カラスだ!

 ふたりは必死で逃げ出す。舞台は再び明るくなり、白のクイーンの肩掛けがアリスの方に飛んできて、アリスはそれを受け止める。

アリス びっくり。誰かさんの肩掛けが風で飛ばされてきてよ。

 白のクイーンがやってきたので、アリスは肩掛けをかけてあげる。

アリス あの、白のクイーンさま、お気を付けを。
白のクイーン なんざますか! それであなたは着付けたつもり!
アリス その、悪いところがありましたら、これから気を付けます。
白のクイーン 今さら結構、こっちはこの二時間ずっと着付けてるんざますよ。
アリス (独白)どれもこれもめちゃくちゃ、しかもピンだらけ。(声に出して)肩掛けをお直ししましょうか。
白のクイーン まったくどうなってるざます。機嫌が悪いのか、こっちをピンで留め、あっちをピンで留めても、いっこうに落ち着かないざあます。
アリス (クイーンのお色直しをしながら)さあ、これでちょっとはマシになってよ、ほんと、おつきの人がお要りでなくて?
白のクイーン あなたなら喜んで召し抱えるざますよ。一週間で二ペンス、一日おきにジャム。
アリス (笑って)あたくしを雇えってことじゃなくて、それにジャムは要らなくてよ。
白のクイーン モノのいいジャムざますよ。
アリス えっと、別に今日は欲しくないってこと。
白のクイーン たとえ欲しくてももらえはしないざます。ジャムは明日と昨日にあるのが決まりで、けして今日にはござあません。
アリス でも、いつかはジャムの日になるんじゃなくて?
白のクイーン ならないざます! ジャムはいつも一日おいたところにござあますから、今日にあったら一日おけないざます。
アリス おっしゃることがわからなくてよ、ちんぷんかんぷん!
白のクイーン それが後ろ向きに生きた結果というものざます! いつだってまずもって目が回る。
アリス 後ろ向きに生きる――そんなの聞いたこともなくてよ!
白のクイーン でも実にお得ざあます。後のことも先のことも思い出せるざます。
アリス あたくしには一方しかわからなくてよ。起こる前のことなんて思い出せない!
白のクイーン 後ろ向きに思い出せないとは、お粗末なおつむざます。あべこべにしてみて、ハンプティダンプティの歌を口ずさめば、これから起こることもわかるざますよ――それじゃ。

 白のクイーンは出て行く。

アリス ハンプティダンプティをうたえ? いったい何が起きるっていうの?

 [うた:ハンプティダンプティ]

 うたい終わると、ハンプティダンプティが後ろの壁に座っている。

アリス あら、ほんとに出てきてよ! しかもそっくりそのまま卵みたい!
ハンプティ 卵と言われるとひどく腹が立つな! まったく!
アリス 卵みたいに見えるってことよ、もう! それに、卵にもとってもかわいらしいのがあるじゃない。
ハンプティ 人にだって赤子以下のおつむのやつがいるともさ! 貴様の名と職業は?
アリス あたくしの名前はアリスよ。
ハンプティ ふざけた名前だ、どういう意味だね。
アリス 名前に何か意味がなきゃいけなくて?
ハンプティ 当たり前じゃないか! オレ様の名は体を表してる、この格好いい姿形をな! 貴様のような名前では、どたい形などどうでもよかろう。
アリス どうしてこんなとこにぽつんと座ってるの?
ハンプティ ふん、そばに誰もいないからさ! そんなことを答えられんとでも思ったか! 別の問題を出せ。
アリス 地面に降りた方が安全じゃなくって?
ハンプティ まったくもってとんでもなく簡単ななぞなぞを出す! むろん違うさ! ほら、まんがいち落ちたとしても――ありえん話だが――キングとの約束がある、しかもじきじきに――
アリス ☆[歌詞の一部]
ハンプティ 何だと、まさか、まずいことになった、貴様、聞き耳を立てていたか、ドア越しか、木の陰か、煙突の下か、でなければ知ってるはずがない!
アリス とんでもない! 本にのっててよ。
ハンプティ ははん! 本にはそんなことが書かれてあるか。いわゆる歴史の本というやつだな! さあ、オレ様をとくとご覧あれ。このオレ様こそ、そのキングと言葉を交わしたその人よ。おそらくこんな人物に会うことは二度とないね。お高くとまってるんじゃあない、その証拠に握手をしてあげようじゃないか。

 ハンプティダンプティとアリスが握手をする。

アリス あなたのつけてるベルト、素敵ね!
ハンプティ (すごみのある声で)まったく腹立たしいことだね、スカーフとベルトを間違えるなんてさ! これはスカーフだ、お嬢ちゃん、しかも白のキングとクイーンがオレ様に「おつうじょうび」のプレゼントとしてくれたんだ!
アリス あの、ごめんなさい?
ハンプティ 怒ってなどない!
アリス そうじゃなくて、「おつうじょうび」のプレゼントって何?
ハンプティ 誕生日でないただの日にもらうプレゼントに決まってるだろ。
アリス お誕生日のプレゼントの方がよくってよ!
ハンプティ 自分の言ってることがわからないのか! 一年はいったい何日ある。
アリス 三六五日。
ハンプティ お誕生日は何日ある。
アリス 一日。
ハンプティ なら三六五引く一は。
アリス 三六四に決まってるわ。
ハンプティ だろう、だから「おつうじょうび」のプレゼントは三六四日もらえる可能性がある。
アリス 確かに。
ハンプティ お誕生日のプレゼントは一日だけだ、わかったか。じゃあな。
アリス ごきげんよう、また会う日まで。
ハンプティ また会ったとしても貴様のことなど忘れてる。そっくりそのまま人みたいだからな。
アリス ふつうは顔で見分けてよ。
ハンプティ そこにこそ文句が言いたい。貴様の顔は他のやつと変わらん――目がふたつで――こんなふうに、(と親指で宙にその場所を示して)鼻が真ん中、口は下。みんな同じだ。まあたとえば、ふたつの目が鼻の片側に偏ってて、口が上にあったりなんかしたらそれなりにわかるだろうが。
アリス そんなの変に決まってる。
ハンプティ やってみたら面白いかもしれん。
アリス ごきげんよう。(立ち去りながら)今まであったつまんない人のなかでも――

 そこでアリスはびっくりして逃げ出してしまう――というのも、ハンプティダンプティが壁から落っこちて、ひどくつぶれてしまったからだ。そこへ王様の馬と家来が総出でやってくる。

 [うた:ハンプティダンプティおっこちた]

 赤のキングとアリスがやってくる。

赤のキング 者どもはみな行きおったか。馬は総出ともいかん、ほれ、必要であるからな。それに使いの者ふたりも別よ。どちらも町へ向かわせておる。ちょっくら道の先を見て、どちらかなりとおらぬか教えてくれ。
アリス ええと、道には、誰も。
赤のキング 我が輩にもそのような目があれば、そのダレモというやつが見えるというに! しかもこの距離でか。ふむ、我が輩にせいぜいただの人が見える程度よ。
アリス (目をこらしている)あ、人がやってきてよ。でも、なんて変な走り方!
赤のキング そうではない。あの使いの者はアングロ=サクソンの出、あれこそアングロ=サクソン流よ。

 使いの者がふたりやってくる。

赤のキング こやつの名は野ウサギ、そやつは帽子屋。ふたりなくてはならん、ほれ、ひとりは行きで、ひとりは帰りよ。
アリス あの、もう一度……
赤のキング また行かせるつもりか!
アリス じゃなくて意味がわからないの。
赤のキング ふたりとも必要と言ったろうに。ひとりが運んでゆき、もうひとりが受け取ってくる。(使いの者どもに)何事よ、驚いたぞ――気が遠くなる。ハムサンドをくれ。

 使いの者は鞄からハムサンドを取り出して差しだし、赤のキングはそれを食べる。

赤のキング サンドイッチをもうひとつ。
弥生ウサギ もう残ってるのは干し草だけで。
赤のキング ならば干し草を。

 赤のキングは干し草を受け取り、もしゃもしゃと食べる。

赤のキング (アリスに)気が遠くなったときは干し草を食うに限るぞぉ! (使いの者に)あの道をやってくるのは何やつぞ!
弥生ウサギ いえ、誰も!
赤のキング 実によろしい。このお嬢さんもそやつを見たとか。ならばもちろん、お前よりも遅いのはダレモ。
弥生ウサギ おれは頑張ったんだぜ、だからおれより早いやつは誰も!
赤のキング そんなはずはない。ならばやつの方がここに早くつくはず。それはそうと、何が起こっているのか教えよ。
弥生ウサギ んでは小声で。

 弥生ウサギは両手をラッパの形にして、赤のキングの耳に当て、大声で叫ぶ。

弥生ウサギ やつら、またやっちまってます!
赤のキング (飛び跳ねて)今のどこが小声ぞ! こんなことをまたやってみよ、バターまみれにしてやるぞ。おかげで我が輩の頭は地震のごとくぐわんぐわんしおる。
アリス やつらってどんな人たち?
赤のキング なに、ライオンとユニコーンが王冠を賭けて戦っておるのだ。傑作なのは、その王冠が絶えず我が輩のものと来ておる。ほれ、来おったぞ!

 ライオンとユニコーンが戦いながらやってくる。

ユニコーン (赤のキングに)今日はオレん方が勝ってんだろ。
赤のキング 若干といったところか。
ユニコーン プラムケーキを持ってきてくんな、おやっさん。黒パンは勘弁してくれよ。

 弥生ウサギがキングをうかがいながら、ケーキをライオンに差し出す。

ユニコーン 今日はとんだ王冠争奪戦だぜ。

 赤のキングが震える。

ライオン オレの圧勝に決まっている。
ユニコーン へへっ、そいつはどうかな。
ライオン ふん、こっちはお前を町中でぶっとばしたんだぜ、なあ?
一同 いいぞ、やれ!

 [うた:ライオンとユニコーン

 アリス以外の全員が出て行く。

アリス あの銅鑼の音でどっちも町から追い出せなきゃ、何だって無理ね。

 白のナイトが棍棒を振りかざしながらやってくる。

白のナイト もし、もし! 待て! ぬしは拙者がとりこでござる。
アリス あたくし、どなたのとりこにもならなくてよ。クイーンになりたいの。
白のナイト ならばまもなくなろうぞ。しからばさらばでござる! ぬしはまもなくクイーンでござる!
アリス ごきげんよう

 白のナイトが出て行く。そのあとを追ってアリスも舞台を出て行くが、また出てきたときには頭に王冠が載っている。

アリス 今にもクイーンね! でもこの頭に載っかってるのは何? 黄金の冠! 知らないうちにどうしてこんなところに?

 アリスは王冠を外してその場に座り、しげしげと見てからまた頭に戻す。

アリス まあこれはご立派!

 アリスは見せびらかすように行ったり来たり。そこへ赤と白のクイーンがやってくる。

アリス もしほんとにクイーンになれたなら、そのうち何とかうまくやっていけるはず。(赤のクイーンに)すいません教えていただ――
赤のクイーン 先に口をきくんじゃないよ!
アリス でもみんながその決まりを守って、先に口をきかないことにして、相手が話し出すのを待ってたら、結局どっちも何も言えなくてよ。
赤のクイーン バカにおし! あんたに自分をクイーンだっていう資格があるのかい? ちゃんとしたテストに合格するまでクイーンのはずがないのさ! だからとっとと始めちまった方がいいね!
白のクイーン 足し算はできるざますか? 1+1+1+1+1+1+1+1+1+1=?
アリス わかんない、数え切れなくてよ。
赤のクイーン 足し算もできないみたいだよ。じゃあ引き算はどうだい――8−9=?
アリス 8−9なんて無理よ、だってほら――
白のクイーン 引き算もできないみたいざますね。割り算はどうなの。一斤のパン割るナイフ、この答えは何ざますか?
アリス たぶん――
赤のクイーン バタートーストに決まってるじゃないの! 別の引き算をするんだね。犬引く骨、残りは何だい?
アリス 骨は残らないでしょ、取っちゃうんだから。犬も残らない――こっちを噛みにくると思うから、あたくしもきっと残らないし。
赤のクイーン なら何も残らないってのがあんたの答えかい?
アリス それが答えだと思うわ。
赤のクイーン またまた違ってるね。犬の気だけが残るんだよ。骨がなくなると犬は気を落とすだろ、ええ?
アリス 言われてみれば。
赤のクイーン そこで犬がどこかへ行ったら――落ちた気だけがそこに残るじゃないか。
アリス どっちらけになるかもしれなくてよ。
赤のクイーン もちろんあんた、あたしたちを夜のパーティに呼んでくれるんだろうね。
アリス パーティを開くかどうかなんてわからないわ。
赤のクイーン 開くに決まってるんだよ。

 パーティに向けて大行列がやってくる――キングの家来とチェスのコマたちだ。トランペットが鳴り響く。

 [うた:鏡の国]

 アリスとクイーンたちが席に着く。骨付き肉とプディングが前に置かれる。

赤のクイーン あたいたちはいつだってスープと魚にありつけない。肉を載せるんだよ!

 アリスはナイフとフォークを手にして、戸惑っている。

赤のクイーン 恥ずかしがり屋さんだね、あんたを羊のモモ肉に紹介してやるよ。アリス――こいつが羊肉だよ! 羊肉――こいつがアリスだよ。

 羊のモモ肉が立ち上がってお辞儀をする。

アリス みなさん、一切れいかが?
赤のクイーン 何してんだい! 紹介されたやつを切り捨てるなんて礼儀を知らないのかい。肉を下げな!

 羊肉は頭もモモも取り下げられ、大きなプラムプディングが運ばれてくる。

アリス プディングには紹介なさらないで。でないとちっとも食事にならないもの。
赤のクイーン (すねて不機嫌になり)プディング――アリスだよ! アリス――プディングだよ! プディングをお下げ!

 ウェイターがやってきてプディングを下げていく。

アリス 待って、プディングを返して!

 するとプディングが戻ってきたので、アリスは切り分けてクイーンに渡す。

アリス 分けるのは任せて!
プディング なんたる無礼! もしあんたが一切れに分けられたら、いったいどう思うかね! あんたってやつは!
赤のクイーン さあ、あたいたちはあんたの健康を祝うよ、乾杯!
一同 クイーン・アリスに乾杯!

 [うた:アリスに乾杯]

 旗が降ろされ、舞台は暗転。

 [うた:起きなさい、アリス]

 見ると、アリスは第一幕と同じ木の根本で眠っている。ゆるやかな音楽、アリスは目覚めて、目をこする。

アリス もう、ほんとへんてこな夢だったわ!

 幕。