Baker Street Bakery > パン焼き日誌

ある翻訳家・翻訳研究者のサービス残業的な場末のブログ。更新放置気味。実際にパンは焼いてません、あしからず。

聴くエンターテイメント・オーディオドラマとしてのアニメ

 最近ではアニメにも字幕放送がつくものがあるし、DVDにもインターネットを介した字幕サービスが少しずつついてくるようになった。それはつまり、アニメの視聴者に「耳の聞こえない人」がいるということが(主として作り手側に)認知されつつあるということでもあるだろう。社会的にとても喜ばしいことだと思うし、ユニバーサルデザイン業界に少しかかわっているものからしても歓迎したい。

 さて、突然だがここでクエスチョン。耳の聞こえない人もアニメを楽しむが、では「目の見えない人」はアニメを楽しむのかどうか?
 あまりぴんと来ないかもしれないが、実はその答えは「イエス」だ。「どうして?」と思われる方もあるだろう。アニメの絵を、動きを見ることができないのに、どうそれを楽しんでいるのかと。その疑問にはこう答えよう。その人たちは、「アニメを音のドラマ」として楽しんでいるのだ。

 目の見えない人は、五感のうちの少なくともひとつ、視覚が使えない。つまり逆に言えば聴覚・嗅覚・味覚・触覚が使えるわけだが、もしその四感のどれかに楽しみを訴えかけるものであれば、それはじゅうぶんエンターテイメントになりうる。「音で聴いて楽しいもの」はそれだけでその人たちにとっては娯楽としての商品価値を持つのだ。

 それに目が見えない人と言っても、先天的にそうなった人と、後天的になった人がいる。後からなった人の場合、もちろん目の見えていた時期もあるわけで、たいていごくありふれた子どもとしてマンガやアニメを楽しんでいる。そうすると、たとえば一例として、目の見えるときに読んでいたマンガがあったのだが、視力を失ってしまってその続きが読みたくても読めなくなった人がいるとする。そんな人の前に、そのマンガがアニメ化されるとの一報。そうするとどうか。

 もちろん「アニメで放送される」=「テレビから音が聴ける」=「耳で続きを楽しむことができる」=「嬉しい」となるのがわかるだろう。

 知らない人はあまり想像のつかないことかもしれないが、目の見えない人もテレビとして放送される映画やドラマ・アニメをひとつの聴覚エンターテイメントとして楽しんでいる。NHKや2時間ドラマをよく視聴する人なら、副音声で「音声解説」として、情景や状況などを補足するナレーションが入っているのを知っているかもしれない。それは目の見えない人がテレビ放送を楽しんでいるという事実を表すものである。(ただし、テレビそのものから音を聴く場合と、FMラジオ再生機を使って聴く場合がある*1。)

 そしてさらに、目の見えない人は映画館に出向いて最新映画も結構楽しんだりする。副音声がついていることもあるが、ついていない場合でも割と行く。ジャンルとしてはアクション映画は微妙で(爆発音といった効果音ばかりだし)、ドラマとして成立している台詞の多い映画の方が人気。

 さてここでまた問題。あなたは映画館のスタッフ。そこへ目の見えない人がやってくる。そのとき、どこの座席へ案内する?

「どうせ大画面なんか見えないんだから、邪魔にならないよう端っこに座らせておけ」とか思った人、大間違い。たぶんそのお客さんはとても不満げだったはず。もう一度考えてほしいのは、その人は「音を聴いて楽しみに来ている」ということだ。

 そこで映画館のサラウンドに思い当たった人は大正解。そう、目の見えない人はそのぶん聴覚が優れていたり、とても気にしていたりする。だから「音の方向・バランス」はとても大事なのだ。普段外を歩いているときも、音がどの方向からするか、というのは自分の歩いている場所を判断する上でとても重要な要素だったりする。端っこに座ろうものなら映画館のサラウンドの聞こえ方がずいぶんゆがんでしまうので、やっぱり「ど真ん中」で映画の意図通りの音響を聴きたいと思うのだ。

 そういう聴覚を大事とする人にとっては、作品に「音の方向・位置」があるのは、場面や作品の理解にとても役立つ。本来、絵で表されているはずの人物の立ち位置やカメラワークが音でも表現されていると、目が見えている人と近い形で作品を楽しむことができる。2008年夏に公開された押井守監督の『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』の6.1ch立体音響などになると、楽しめた人も多かっただろうか。細かなところまで巧妙に設計された音だけでも酔いしれることのできる作品であったように思う。

 それは映画だったが、ではTVアニメやOAD(OVA)ではどうか。映画ほど設計に凝ることができないと言われればそれまでだ。今やほとんどのTVアニメがステレオ放送になっている。基本的には「いつも楽しんでいる」という感想を聞くことが多いが、たまに

「場面に応じて、ちょこちょこ右左に振れることがあるけど、基本的には正面からしか音がしない……」

 と、そういう言葉を耳にすることもある。また逆に、

「生っぽい音よりも、昔の『それっぽい』効果音の方が頭のなかでイメージしやすかったのになあ……」

 なんて言う人もいる。(だからこそアニメには物語用の音声解説があった方がいいということでもありうる*2。)

 私個人としては、単純に「最近のアニメの音はいろいろとすごいなあ」などと思っているだけに、いろいろな意見があることを知って、そのときちょっと複雑な気持ちに(苦笑)。ちょっと目をつむって、音だけでアニメを楽しんでみるのもいいのかもしれない。

*1:現在、地上デジタル放送の導入で視覚障害者によるFMラジオを介したテレビの簡便な聴取が困難になるのではないかと危惧されている

*2:ボランティアベースでは、「せんだいメディアテーク」の『クリエイティブ・デスク・プロジェクト』など。実写映画の音声解説付き上映は比較的よくある