Baker Street Bakery > パン焼き日誌

ある翻訳家・翻訳研究者のサービス残業的な場末のブログ。更新放置気味。実際にパンは焼いてません、あしからず。

ミュージカル版不思議の国のアリス 第一幕前半(草稿)

不思議の国のアリス ミュージカル版
ALICE IN WONDERLAND: DREAM-PLAY
ルイス・キャロル&ヘンリ・サヴィル・クラーク Lewis Carroll & Henry Savile Clarke
大久保ゆう訳


第一幕「不思議の国のアリス

 時は秋、場所は森。アリスがある木の根本で眠っていると、妖精が現れ、アリスの周りをひらひらと踊り出す。

[妖精たちのコーラス]

 妖精たちはアリスの左右に分かれ、コーラスの声は優しく遠のいてゆく。場所は変わり、不思議の国のどこかの庭。わきの方に大きなキノコがあり、その上で芋虫が煙管をふかしている。アリスは目を開けると、何が何だか分からないというふうに、あたりをうろちょろする。そこへ白いウサギがあわてたていで、前を横切ってゆく。
アリス あの、よろしくて?

 白ウサギは通りすぎ、その際に白手袋と扇を落としていく。

アリス もし! もし! 今日はへんてこなことばかり。でも昨日はいつも通りうまくいっていたわ。もしや夜のうちにあたくしの身に何かあったのかしら。いえ、考えてもごらんなさい。今朝起きたときのあたくしはやっぱりあたくし。でも今あたくしがあたくしでないとすれば、いったいどなた? もう! まったく悩ましいことね。記憶の方ははっきりしてる? どうかしら。ええと、4×5《しご》=12、4×6《しろく》=13、4×7《しひち》――もう! こんな調子じゃいつまで経っても20にならなくてよ。だったら「ぶんぶんぶん」のうたはどうかしら。

[うた]

アリス もう! 歌詞が全然違ってよ、とってもくたびれたわ。ひとりぼっちだなんて。

 そこへ向かい側の芋虫が声を掛ける。

芋虫 ぬしは誰じゃ。
アリス あたくし? あいにくわからないの、今のところ。少なくとも今朝の段階ではわかっていたのよ。でもそのあと、あたくしはなぜか変わってしまったみたい。
芋虫 どういう意味かの? はっきりしてくれ。
アリス だからはっきりしないの。あいにく、あたくしがあたくしじゃないのよ、わかって?
芋虫 わからん。
アリス これ以上説明のしようがないわ。どういったらいいのかしら?
芋虫 だから、ぬしは誰なのじゃ。
アリス まずは自分から名乗った方がよろしくてよ。
芋虫 なぜかね?

 するとアリスはぷいっとして、歩き去ろうとする。

芋虫 そこへ戻れ! 大事なことを教えてやろう。

 アリスは戻ってくる

芋虫 そう怒るな。
アリス (ぷんすかして)それだけ?
芋虫 いや、自分が変わったと申すのじゃな?
アリス たぶん、あいにくね。前みたく思い出せないの。
芋虫 思い出せぬとは、何をじゃ?
アリス ええ、「ぶんぶんぶん」をうたってみたの。でも違う歌になったわ。
芋虫 ならば「親父はもう歳」のうたはどうかね?
アリス よろしくてよ。

[うた]

芋虫 正しくないのう。
アリス 割とね。ところどころ変ではあったわ。
芋虫 はじめから終わりまで間違っておる。さらばじゃ。

 芋虫とキノコが遠ざかってゆく。そこへ白ウサギが通りがかる。

白ウサギ 御前様! 御前様! おお足が! ああっ! 毛並みが、ヒゲが! このままでは御前様に死刑にされよう。はてさて、どこに落としたものか。
アリス (独白)扇と手袋を探しているのね。

 そこでアリスも探し始める。白ウサギはアリスに気がつく。

白ウサギ おいメリアン、ここで何をしておる? とっとと家へ戻って手袋と扇を持っておじゃれ。
アリス (独白)あたくしをメイドと勘違いしてるのね。あたくしが誰だかわかったら驚いてよ。でも今は扇と手袋を取ってきた方がよさそう。

 アリスは扇と手袋を拾い上げ、白ウサギに手渡す。

白ウサギ すまぬ、メリアン。助かったぞよ。御前様を待たせておる。赤んぼとコックを連れてこちらへ向かっておるのじゃ。

 白ウサギは去ってゆく。

アリス まああきれたこと! メリアンだと思いこんでるわ。御前様がやってくる? 赤んぼ? 料理人? まさか赤んぼを料理するっていうのかしら。

 そこへ子どもを抱いた公爵夫人登場。雪平鍋と胡椒瓶を持ったコックとチェシア猫も出てくる。

アリス 教えてちょうだい、この猫ちゃんどうしてこんなにニタニタしてるの?
公爵夫人 こやつはチェシアの猫ゆえにな。
アリス なるほど、チェシアの猫はニタニタするものってわけね。へえ、猫ってこんな笑い方ができるのね。
公爵夫人 こやつらはみなできおるし、ほとんどがそうしておる。
アリス 思いもよらぬことね。
公爵夫人 そちが物を知らぬだけ。世のことわりじゃ。
コック 胡椒瓶のなかみがないぞ。半分もない、四分の一もない。
   てきぱきゆでゆで
   ぐにゃぐにゃまぜまぜ
   くしゅんと入れて
   いち、に、さん
   さいしょはかみさん、つぎは猫に、さいごは赤子の分なのさ

 コックはスープと赤んぼに代わる代わる胡椒をかける。

アリス ねえ、気をつけたらどうなの? ほら、その子の大事なお鼻が!
公爵夫人 みなが自分のやることに気を遣おうものなら、世界はいつもよりずいぶん早く回ろうぞ。
アリス そうならない方がよくてよ。考えてもみて、そんなことしたら昼と夜がどうなるか。いいこと、地球は自転するのに二四時間ちょっきり――
公爵夫人 ちょっきりとな、こやつを打ち首にせい!
アリス 二四時間、あれ、一二時間だったかな。
公爵夫人 黙らっしゃい、数字などいらいらする。

[うた]

公爵夫人 (コックへ)おゆきなさい。

 コックが去る。

公爵夫人 ほおら受け取り!(赤んぼを舞台の外へ放り投げる)さて、女王陛下のところへ。

 公爵夫人と猫と白ウサギの全員が出て行く。

アリス さて、これからどうしたものかしら。あのコックさん、赤んぼを受け取れているといいのだけれど。

 チェシア猫の頭が木の上に洗われる。

アリス チェシアのにゃんにゃん、教えてちょうだい。ここからどちらに行った方がよくて?
チェシア猫 そいつはお前の行きたいところ次第だにゃ。
アリス 別にどこでもよくってよ。
チェシア猫 ならどこへにゃりとも行けばいい。
アリス ちゃんとたどり着きたいの。
チェシア猫 そりゃどこかへは着く。それにゃりに歩けば。
アリス このあたりにはどんな人がお住み?
チェシア猫 向こうにゃ帽子屋が住んでいる。あっちには弥生ウサギだ。好きにゃ方に行け――どっちも変にゃやつだ。
アリス でも変な人のところにいくのはごめんだわ。
チェシア猫 まあ仕方のにゃいこと。ここじゃみんな変にゃ。にゃあも、お前も。
アリス あたくしが変? どうして?
チェシア猫 お前は変にゃ。でにゃきゃ、こんにゃとこにゃ来にゃい。
アリス じゃあ、あなたが変っていうのは?
チェシア猫 まず犬は変じゃにゃい、これはいいにゃ?
アリス まあそうね。
チェシア猫 にゃらわかるにゃ。犬は怒るとうにゃって、うれしいと尻尾を振る。にゃのにおいらはうれしいとうにゃるし、腹が立つと尻尾を振る。だからおいらは変。
アリス のどを鳴らすの間違いじゃにゃくて?
チェシア猫 ご指摘はご自由に。どうもそれはわざわざ。

[うた]

 ふたりは踊ったあと、去る。
 帽子屋と弥生ウサギとヤマネがお茶会用のテーブルを運びながらやってきて、それぞれ席に着く。そこへアリスもやってくる。

帽子屋&弥生ウサギ 席ならもうないぞ!
アリス いっぱいあるじゃない。

 アリスはいちばんいい席に座る。

弥生ウサギ ワインでも飲め。
アリス ワインなんてないじゃない。
弥生ウサギ どこにもねえ。
アリス (ぷんすかして)とんだ礼儀知らずね。ないものをすすめるなんて。
弥生ウサギ てめえこそ礼儀知らずだ。誘われもしねえのに座りやがって。
アリス あら、三人だけのテーブルだったの? 空いてるところもずいぶんあるけど。
帽子屋 その髪、切った方がいいな。
アリス (きびしく)あら探しはいけなくてよ。
帽子屋 (驚いた顔で)カラスとかけて机ととく、そのこころは!
アリス そんなの考えたらわかるじゃない。
弥生ウサギ じゃあ答えがわかるっていうのか。
アリス 当たり前よ。
弥生ウサギ じゃあ思ったことを言ってみろよ。
アリス だから――まあ言えるとは思うってこと。一緒じゃないの、ほら。
帽子屋 ちっとも同じではないな。ならば食べるものを見ているのと見ているものを食べる、これが同じだというのかね?
弥生ウサギ ほかにも、手に入るものが好き、好きなものが手に入る、これも同じか?
ヤマネ まだまだあるよ。寝ながら息をする、息をしながら寝る。
帽子屋 お前のは一緒だ。(時計を取り出してアリスに聞く)きみ、今日は何日かね?
アリス 四日よ。
帽子屋 二日くるっておる。(弥生ウサギに)おいウサギ、時計にバターは合わんと言ったろ!
弥生ウサギ 最高級のバターだぜ。
帽子屋 ああ、だがパンくずが混入したに違いない。バターナイフなんぞ使うからだ!

 弥生ウサギ、時計を手にとって、カップのなかにつける。

弥生ウサギ 最高級のバターだったのに。
アリス おかしな時計だこと! 時を告げずに日を告げるなんて。
帽子屋 どうしてかね。君の時計は年を告げたりはせんのか?
アリス もちろんよ。でも、だって一年はずっと同じ一年じゃない。
帽子屋 それはこっちの時計とて同じこと。さっきの謎かけはもうわかったかね?
アリス いいえ無理よ。答えは何?
帽子屋 これっぽちもわからん。
弥生ウサギ おれも。
アリス もっとましなことができてよ! そんな答えのない謎かけで時間をつぶすだなんて。
帽子屋 私くらいに時間どのと仲良しなら、呼び捨てでつぶすだなんて言いはせん。「どの」をつけろ。
アリス あなた何を言ってるかわからなくてよ。
帽子屋 ああわからんだろう。なんなら君は時間どのと口をきいたこともないからな。
アリス まあね。でも忙しいときには時間を割いたりするわ。
帽子屋 おお! だからか。時計どのはつぶされるのを嫌がる。仲良くなりさえすれば、時計に望むことをほぼみなやってくれる。たとえば、朝の九時だとしよう――ちょうどお稽古の始まる時間、ならば君は時間どのにほんのちょっとささやくだけでいい。くるくると時計が瞬く間に回る。一時半――ご飯の時間だ!
弥生ウサギ そうなりゃどんなにいいか。
アリス それはそれはご立派だこと。でもそれじゃあ、おなかがすかないんじゃなくて?
帽子屋 はじめのうちはおそらく。だが好きなだけ一時半にとどめおくことができる。
アリス ならそうしてるの、あなた?
帽子屋 いいや。先の三月にケンカをしてな。そのあとこやつは変になったのだ、ほれ(とウサギを指さす)あれはハートのクイーンが催した大音楽会でのこと。わたしは歌をうたう役でな。
   きらきらひかる
   やみのこうもり
   ひらひらとぶよ
   おぼんのように
まあこの節をうたい終わらんうちに、女王陛下はどなりなさる。『時間のむだっ! 首をちょんぎれ!』
アリス 恐るるに足る話だわ。
帽子屋 そうして時間どのを無駄死にさせて以後、頼み事を聞いてくれんようになった。今もずっと六時のままだ。
アリス そのせいで、こんなにたくさんティーセットが置かれてあるのね。
帽子屋 (ため息をついて)その通り。いつもお茶の時間なのだ。あいまにティーセットを洗う時間もない。
アリス じゃあぐるりと動いていくってわけね。
帽子屋 さよう。そしてティーセットは使い切りだ。
アリス でも一周しちゃったらどうなるわけ?
弥生ウサギ 話題を変えようや。起きろ、ヤマネ、話でもせい。
ヤマネ むかしむかし三人のかわいい姉妹がおりました。名前はエルシー、レイシー、ティリー。三人はなべのなかに住んでおり――
アリス 食べるものは何?
ヤマネ てんぷらを食べています。
アリス でもそんなの無理、ほら、病気になってしまうわ。
ヤマネ だから三人は――ひどい病気になってました。
弥生ウサギ もう一杯どうだ。
アリス まだ何もいただいてなくてよ。だからもう一杯なんて無理。
帽子屋 では一杯も飲めないのか。ゼロ足すイチは一杯目だからな。
アリス あなたは口を挟まないで。
帽子屋 あらさがしをしているのは君ではないのか?
アリス (ヤマネに)なべのなかに住んでいるのはなぜかしら。
ヤマネ てんぷらなべのなかですから。
アリス そんなのありえない!
帽子屋&弥生ウサギ しっ、しーっ。
ヤマネ なのでその三人の姉妹は、かきあげる練習をしていました。
アリス かきあげるって何を?
ヤマネ てんぷらです。
帽子屋 きれいなカップがほしい。さあ、みなのもの、席をひとつ動こう。

 帽子屋が動き、続いてヤマネとウサギも動く。アリスはウサギの隣の席につく。

アリス でもわからないわ。どこでてんぷらをかきあげるの?
帽子屋 カレー鍋ならカレーを煮込む、天ぷら鍋ならてんぷらをあげる――当たり前だ、馬鹿者。
アリス でもなべのなかにいるじゃない。
ヤマネ もちろんいます、これがなかなか――それで三人は「お」で始まるものをみんなかきあげるのです。
アリス どうして「お」なの?
弥生ウサギ 「お」じゃいけないのか?

 ヤマネがうとうとしていると、帽子屋につねられ、ぎょっと声を上げる。そして話を続ける。

ヤマネ 「お」ではじまるものです。たとえば、おとりとか、お月さまとか、思い出とか、おっちょことか。ほら、言うでしょ、「おっちょこちょい」って。見たことありますか、「おっちょこ」をかきあげた絵ってのを。
アリス いきなり聞かれても、わからない[けどたぶん]――
帽子屋 ならば口を出すでない。
アリス (とびあがって)無礼だわ、あなた!

 全員が席を立って、舞台を下りる。

[うた]

 全員が離れて踊っている。弥生ウサギと帽子屋はテーブルを片づけ、クラブの2と5と6が出てくる。そのあとハートのキングとクイーン、さらにジャック。つづいて他のカードとアリスもやってくる。

(第一幕後半へつづく)