Baker Street Bakery > パン焼き日誌

ある翻訳家・翻訳研究者のサービス残業的な場末のブログ。更新放置気味。実際にパンは焼いてません、あしからず。

ネット上のアニメ感想にまつわる著作権ガイドラインを考えてみる

前エントリの予想以上の反響に正直びっくりしています。世間の著作権への意識が高いのか、それとも別の理由によるものなのかは、私にはわかりませんが、それはそれとして、前回の続きでも書いてみようかと思います。

先のエントリで触れたのはあくまでもフェアユースの話で、日本の現行著作権法とは関係がなく、トリビア風に書いてみただけなのですが、やはりアニメのキャプチャ引用やあらすじ紹介が現行法でどういう位置づけになるのかというのは、もちろんそれ以上に重要なことです。

本当は、日本動画協会のような業界団体がそのあたりのガイドラインを用意してくれているとありがたいのですが、残念ながらそういったものがありません。

そこで、現著作権法の範囲内で、どこまでが合法なのかを考えたメモを、ここに記しておこうかと思います。

前エントリで、アニメのキャプチャ画像を使う際には、現行法では引用の基準による、というようなことを書きました。引用といっても、漠然と考えておられる方もいらっしゃるかもしれませんが、引用は引用で厳密にやろうとすると大変なものです。

学術に携わる方ならよくご存じかと思いますが、引用のガイドライン・様式というものは、各分野によってかなり細かく定められていて、それに従わないと論文として認められないことがあります。特に海外・国内どちらもを射程に入れた論文を執筆する場合、国内法にも外国の法律にも配慮する必要があります。それゆえ厳密なガイドラインがしっかりしているほど、論文執筆者としては安心できるわけです。そもそも引用とフェアユース、どっちが楽かというとどっちも同じくらい面倒なわけで、あとは慣れの問題でしょう。

たとえば日本国内だと、自らの学問分野の様式のほか、長年著作権エージェントとして活躍されている宮田昇さんによる『学術論文のための著作権Q&A―著作権法に則った「論文作法」』という本を参照するとかなり役立ちます。

そしてマンガにはすでに引用に関する判例があり、商業の現場でもかなり厳密な引用をなされているとうかがいます。ブログのレビューでも、ある程度の慣行ができつつあるようですね。

一方で、アニメの方はどうでしょうか。

個人によって、ブログによってかなりまちまちで、カオスな様相を呈しているとさえ言えます。なかには、明らかに著作権法上の問題があるのではないか、と思えるものもあります。

そこでこれを機に、もうちょっと深く考えてみよう、と思いました。

まずは、参考になるガイドラインとして、文化庁にある資料や「著作権なるほど質問箱」を活用します。

著作権法において、公正な慣行に合致し、正当な範囲内であれば、著作権者に無断でその著作物の部分を利用することができますが(つまり「引用」)、文化庁によればその要件が以下のように説明されています。

  • ア 既に公表されている著作物であること
  • イ 「公正な慣行」に合致すること
  • ウ 報道,批評,研究などの引用の目的上「正当な範囲内」であること
  • エ 引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること
  • オ カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること
  • カ 引用を行う「必然性」があること
  • キ 「出所の明示」が必要(コピー以外はその慣行があるとき)
著作権テキスト〜初めて学ぶ人のために〜

この要件が満たされている限り、引用は法律上認められる行為となり、誰も拒否することはできません。ここで大事なのは、たとえ著作権者が「禁転載」「禁無断転載」としていても、引用の要件さえ守られていれば、それを止めることはできませんし、著作権法上の違反行為になることもないということです。文化庁の見解もこうです。

Q 「禁転載」の注意書きがあるものは引用できないのでしょうか。
A 公表された著作物は「引用」して利用することができます(第32条第1項)ので、この規定に該当する利用であれば、仮に「禁転載」等の表示があったとしても、著作権侵害にはなりません。

http://bushclover.nime.ac.jp/c-edu/answer.asp?Q_ID=0000268

ここは、かなりの人が誤解している重要なポイントです。たとえブログであれ書物であれホームページであれ、公表されているものはほぼすべて引用することができます。無断転載されているだけでは違法ではなく、「引用」であれば許されるのです。

そこで、アニメで引用を行うため、上記の要件をアニメ用に読み替えてみます。するとこうなるかと思います。

  1. すでにTVやDVDなどで公表されたアニメであること
  2. 社会的に「これはひどい」と思わない程度であること(あるいは裁判所の判決、これまでの判例に従うこと)
  3. 感想や批評のために、必要な部分だけであること
  4. あくまでも感想や批評が主目的であり、画像を貼り付けるのが目的の文章ではないこと、そして自らの執筆したものに対して引用の量が多すぎないこと
  5. 「引用されたもの」と「自分の文章」の区別がはっきりしていること
  6. どうしてもそれを引用しなければいけない理由・根拠があること
  7. 引用されたものがどの作品かがはっきりしていること

1については、まだ放送もされていないものの画像を貼り付けたり、その作中の台詞を暴露したりしてはいけない、ということです。(ただし原作が別メディアにて公表されているときは別とする。)

2については難しいですが、厳密なことは裁判で争うことができる、というふうに考えた方がいいかもしれません。公正な慣行=業界の慣行ではなく、「公正」かどうか判断するのは最終的には常に裁判所です。

3は、たとえばその画像が感想や批評の本文中で触れられているシーンやカットであることが必要だということです。あるいは、直接触れずとも、その感想や批評の主旨や主張にかかわってくるものであってもいいでしょう。

4は読んだそのままのことですが、転載したひとつの画像に少々のコメントだけ、というのではダメだということもあります。あくまでも、感想や批評を行う当人に何か伝えたいことがあって、そのために引用されるものでなければなりません。

たとえば、下世話な話ですが、あるアニメのなかに「すごく心が揺さぶられるパンチラ」があったとして、それを熱く語りたいがためにその部分をキャプチャして提示する、というのは許されるでしょう。ただし、そのパンチラについて、「こいつはこんなに心揺さぶられたのか」と相手が納得するほど、言葉を尽くして相当の分量で力説する必要があるということです。「この画像が貼りたかっただけだろw」などと言われないだけの説得力が必要、ということでしょうか。

また量的なことを考えると、批評ではない短文のブログ記事(感想)では、1〜2枚が限度なのではないでしょうか。

5は、画像であれば文章と自動的に区別されますが、心配であれば文章末に「引用した画像はすべて××の著作物です」と記してもいいでしょうし、文章ならばカギ括弧やブロッククオートをすればよいかと思われます。

6については、4のたとえをもう一度使いますが、「このパンチラへの熱い想い」を伝えるために「この画像」が必要だ、ということですね。

7については、画像や台詞を引用したとき、それがどの作品のものなのかわかるようにしなければいけない、ということで、最低限そのアニメのタイトルをどこかに記しておかなければならないでしょう。より正確を期するために、放送回(話数・サブタイトル)、公開年、著作権者名(製作者名)、ソース元(TV/DVD/BD・放送局・放送日時)、スタッフ表記、分数などを書き加えればなおよいかと思われます。

しかし、引用要件さえクリアすれば著作権法的にすべて良しかというと、そうでもありません。感想や批評においては、「あらすじ」という問題が存在します。

Q 最新のベストセラー小説のあらすじを書いて、ホームページに掲載することは、著作権者に断りなく行えますか。
A どの程度のあらすじかによります。
 ダイジェスト(要約)のようにそれを読めば作品のあらましが分かるというようなものは、著作権者の二次的著作物を創作する権利(翻案権、第27条)が働くので、要約の作成について著作権者の了解が必要です。また、作成された要約をホームページに掲載し送信する行為(複製、公衆送信)も元の作品の著作権者の二次的著作物を利用する権利(第28条)が働くので、要約の作成と同時に当該著作権者の了解を得ておく必要があります。

http://bushclover.nime.ac.jp/c-edu/answer.asp?Q_ID=0000338

現行法によれば、あらすじの紹介は著作権法としてアウトです。その作品の「最初から最後までの内容がだいたいわかる」ものであれば、もうダメなのです。ブログ筆者による「あらすじ語り」も、キャプチャを並べることによる「ダイジェスト」も、どちらもやってはいけません。どっちともやるのももちろん翻案権の侵害になります。

ただし大事なのは、作品の「設定」や「背景」を語るのは問題ないということ、自分の感想や批評に必要な、部分的なシーンやカットの解説をすること、それはどちらも問題ないということです。

個人的には、「感想や批評にあらすじが必要」という意見に与することはできません。ただしそれは『全体のあらすじ』という意味で、むろん部分的に触れるのは構わないでしょう。日本では「読書感想文」の弊害で、どうしても「全体のあらすじ+感想」というものを書きがちですが、自分の読んだもの・見たものについて「自分がどう思ったか」を述べるために、「作品の筋書きすべて」を提示しなければいけないわけではないと思います。

ただし、絶対にあらすじが提示できないかというとそうではなく、さきほどの引用の先にはこう書かれています。

一方、2〜3行程度の極く短い内容紹介や「夭折の画家の美しくも哀しい愛の物語」などのキャッチコピー程度のものであれば、著作権が働く利用とは言えず、著作権者の了解の必要ありません。

http://bushclover.nime.ac.jp/c-edu/answer.asp?Q_ID=0000338

つまり、短くまとめたのであれば、OKなのですね。あるいは、もうひとつの策としては、著作権者の公式ホームページにあるあらすじを「引用」することも可能でしょう。

引用のところで考えたように、禁転載であれ、すべてのものは要件さえ守れば引用できます。ということは、実は公式ホームページにあるものは、あらすじであれ画像であれ、引用することができるということです。

感想を書く際、冒頭に公式のあらすじを引いてから述べるというやり方もあるでしょう。ホームページによっては完全なあらすじが書かれていないこともありますが、当座の用は足りるのではないでしょうか。またネット上で公表されているものでもありますから、番組を見ていない人にもその程度のあらすじは知られても構わない、と著作権者が考えていることにもなります。ですから二重に安全でしょう。

と、ここまで考えてきたわけですが、法律のことを厳密に考えたときに、決まって言われる一言があります。

現場ではそんなきれいごとは通用しねえんだよ!

何かとすぐ著作権法違反だと指さす反面、法的に正しい切り返しをすると、著作権法なんて知らねえよオレがダメと言ったらダメだ、と言ってくる人がコンテンツ業界にはいらっしゃいます(アニメ業界の方はそうでないと信じたいです)。また、以下の人力検索はてなでも、コンテンツ業界の「現実」としてという触れ込みで法的に「おいおい」と言わざるを得ない回答が見えます。

著作権に明るい方からの解答をお待ちしております。
現在友人が、アニメのレビュー・紹介サイトを作っております。その中で紹介を兼ねてそのアニメ中の画像の1カットか2カットぐらいをサイトに一緒に掲載したいと言っているのですが、これは当然著作権に触れてくると思います。
ですので、上記のようなことをするのは(1)否なのかそれとも可なのか(2)もしも可能なのならばどういった条件を満たせば可能となるのかをわかりやすく教えて下さい。

http://q.hatena.ne.jp/1158291777

あと、業務として利用することと批評・感想での引用をごっちゃにする人がいます。私的利用と引用をごっちゃにする人もいます。それも別物であるはずですし、もう一度最後に繰り返したいのですが、

Q 「禁転載」の注意書きがあるものは引用できないのでしょうか。
A 公表された著作物は「引用」して利用することができます(第32条第1項)ので、この規定に該当する利用であれば、仮に「禁転載」等の表示があったとしても、著作権侵害にはなりません。

http://bushclover.nime.ac.jp/c-edu/answer.asp?Q_ID=0000268

ということは、こと「引用」に関する限り、サンライズさんのおっしゃってることも、GAINAXさんのおっしゃってることも、東映アニメーションさんのおっしゃってることも、法的には何の効力もないということになります*1。たとえインターネット上での私的な利用がありえないからと言って、インターネット上の「引用」が認められないということにはなりません。

ここまでつらつらと考えてきて何ですが、個人的な意見としては、

「お願いですから、アニメ制作者&製作者の皆さんも、視聴者の皆さんも、もっと著作権(法)のことを勉強して、お互いに議論してください」

ということだったりします。

アニメ関係者の皆さんも「違法コピー」や「違法アップロード」について頭が痛く、著作権に敏感になるのもわかりますが、法的に無意味な主張を視聴者に押しつけるのはどうかと思います。それではいくら著作権を守ってくれという啓発を行っても、説得力がないのではないでしょうか。

同時に、視聴者の皆さんも、引用としての権利をアニメ関係者の皆さんに理解してもらうために、できるだけ正当な引用を心がけてもよいかと思います。今、法的に無意味な主張をされてしまうのも、あまりに画像利用や違法コピーの現状がひどいから、ということでもあるでしょう。

文化というものは、作り手と受け手がお互いに作っていくものですから。

もしアニメ批評家やアニメ評論家というものがありえるのだとしたら、そういう両者をつなぐ役割をすることも重要だと思うのです。作品についてやいのやいのというだけではなくして。

そういう流れで、近日中に「海賊版」のことについて、詳しい記事を書いてみる予定です。ではまたそのときに。

*1:ただしサンライズさんもGAINAXさんも著作権に関連してかなり先進的な試みをなさっておられると思いますし、その点を評価しないという意味ではありません。とりわけサンライズさんは海賊版への対応や動画配信の取り組みなどで、著作権者としての責務はじゅうぶんに果たしておられ、個人的にも敬服しております。そして、引用の範囲を超えた無断転載については、もちろん各社の言い分が正しいものであります。